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東京地方裁判所 昭和56年(行ウ)135号 判決

東京都小平市小川町一丁目六四七番地

原告

小野幸太郎

右訴訟代理人弁護士

太田雍也

東京都東村山市本町一丁目二〇番二二号

被告

東村山税務署長

篠原忍

右指定代理人

高須要子

琵琶坂義勝

大森幸次郎

長谷川貢一

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五五年九月三〇日付でした原告の昭和五四年分所得税の更正のうち所得税額一二〇五万六〇〇〇円を超える部分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の昭和五四年分所得税について、原告のした確定申告、これに対して被告のした更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定」という。)並びにこれに対する不服申立手続の経緯は、別表一のとおりである。

2  しかしながら、本件更正のうち所得税額一二〇五万六〇〇〇円を超える部分は、租税特別措置法(昭和五五年法律第九号による改正前のもの。以下「法」という。)三一条の三第一項の適用を否認して分離長期譲渡所得に対する税額を過大に認定した違法があり、したがって、これを前提としてされた本件決定も違法であるから、本件更正のうち所得税額一二〇五万六〇〇〇円を超える部分及び本件決定(以下これらを合わせて「本件処分」という。)の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認め、同2は争う。

三  被告の主張

1  原告の昭和五四年分所得金額のうち分離長期譲渡所得六九一二万円(以下「本件譲渡所得」という。)は、原告が昭和五四年中にその所有に係る東京都東大和市中央三丁目九一五番三、畑、四九五平方メートル(以下「本件土地」という。)を他に譲渡したことにより生じたものであり、本件譲渡所得に対する税額二五九八万一〇〇〇円は法三一条一項の規定に基づき別表二のとおり算出したものである。

2(一)  本件譲渡所得に対し法三一条の三第一項の規定は適用されない。すなわち、同項は「……当該譲渡が特定市街化区域農地等の譲渡で……(当該譲渡につき農地法(昭和二七年法律第二二九号)第五条第一項第三号の届出を要する場合には、当該届出がされた後に行ったものに限る。)に該当するときは、……」と規定し、その適用の対象を農地法五条一項三号の届出(以下「農地転用の届出」という。)があった後にする譲渡に限ることとするとともに、手続的にも市長又は都知事の当該譲渡土地が特定市街化区域農地である旨を証する書類及び当該譲渡につき都道府県知事の農地転用の届出書を受理した旨を証する書類でその受理の年月日の記載のあるものを確定申告書に添付することを要する(法三一条の三第三項、法施行規則一三条の四)などの厳格な要件を規定し、課税庁において右農地等の譲渡があった事実及びその譲渡の当事者を客観的資料によって確認しうる手続を定めているから、法三一条の三第一項かっこ書に規定する「当該譲渡」とは、譲渡所得の基因となった譲渡をいい、農地法五条一項三号の「当該届出」とは、その処理に徴し、当該譲渡契約当事者によってされる適法な届出を指称し、当該譲渡契約当事者と異なる者によって農地転用の届出がされた場合には、法三一条の三第一項の規定は適用されないものというべきである。

(二)  原告が本件土地を譲渡した経緯は次のとおりである。原告は、昭和五四年七月二八日訴外城西建設株式会社(以下「城西建設」という。)に対し本件土地を代金七五〇〇万円で売り渡す旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、同社から同日手附金一〇〇〇万円、同年九月金二七五〇万円及び同年一一月一五日残金三七五〇万円の各支払を受け、同日同社に対し本件土地を引き渡した(以下「本件譲渡」という。)。城西建設は、昭和五四年九月二九日本件土地のうち二六四平方メートルの部分(以下「A土地」という。)を訴外相互商事株式会社(以下「相互商事」という。)に対し代金四二八〇万円で売り渡したが、同社は、これを同年一〇月六日訴外遠藤忠義(以下「遠藤」という。)に対し代金四九二〇万円で転売し、さらに城西建設は、昭和五五年五月二四日本件土地の残地二一五・五三平方メートル(以下「B土地」という。)を訴外七島建設株式会社(以下「七島建設」という。)に対し代金三〇五〇万円で売り渡し、それぞれ代金を受領した。

右のとおりであるから、原告は城西建設に対する本件譲渡により本件譲渡所得を得たところ、本件土地について昭和五四年一〇月三日譲渡人を原告、譲受人を遠藤とする農地転用の届出(以下「本件届出」という。)がされ同月三〇日訴外東京都知事によって受理されているが、本件譲渡の契約当事者である原告と城西建設との間では農地転用の届出がされていないから、本件譲渡所得に対し法三一条の三第一項の規定は適用されない。

3  そうすると、原告は、別表一のとおり本件譲渡所得に対する税額を過少に申告していることとなるから、新たに納付すべき税額一四一五万七〇〇〇円に国税通則法六五条一項、一二〇条三項の規定により算出された過少申告加算税七〇万七八〇〇円を納付すべき義務がある。したがって、本件処分に原告主張の違法は存しない。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1のうち、原告が昭和五四年中に本件譲渡所得を得たこと及び本件譲渡所得について法三一条の三第一項が適用されない場合における税額が被告主張のとおりの金額となることは認める。

2  同2のうち、原告が城西建設との間で本件売買契約を締結し、同社から昭和五四年七月二八日手附金一〇〇〇万円、同年九月五日中間金二七五〇万円の各支払を受けたこと、同年一〇月三日本件届出がされ、同月三〇日訴外東京都知事によって受理されたこと及び原告が城西建設との間で本件土地の譲渡について農地転用の届出をしていないことは認め、A土地が城西建設から相互商事へ、さらに遠藤へ転売された事実は知らない。その余は争う。

原告が同年一一月一五日受領した残金三七五〇万円は、遠藤(又は同人の代理人である城西建設)から支払いを受けたものであり、原告は本件土地を遠藤に対し引き渡したものである。

3  同3は争う。

五  原告の反論

1  原告は、昭和五四年九月末ころ城西建設及び遠藤との間で、本件土地について本件届出をする旨合意し、もって右三者間において本件売買契約における買主の地位を城西建設から遠藤へ移転させる旨を合意した。

仮に右買主の地位の移転の合意が成立していないとしても、原告は、昭和五四年九月末ころ城西建設との間で本件売買契約を合意解除し、新たに遠藤に対し本件土地を売り渡した。

2  したがって、本件届出は、右買主の地位の移転の合意又は原告・遠藤間の右売買に対応するものであって、右届出によって原告から遠藤へ本件土地の所有権が移転し、本件譲渡所得が発生したものである(原告から城西建設へは本件土地の権利移転が生じなかったから、譲渡所得は生じていない。)。右のとおり本件譲渡所得を発生させた原告・遠藤間の本件土地の譲渡について農地転用の届出がされているのであるから、本件譲渡所得について法三一条の三第一項の適用を否認されるべき理由はない。

六  原告の反論に対する被告の認否及び再反論

1  原告の反論1の事実は否認する。同2の主張は争う。

2  本件譲渡所得の課税要件である資産の譲渡は原告から城西建設への本件譲渡であり、原告から遠藤への本件土地所有権の移転は右の課税要件とは別個のことがらである。

第三証拠

本件記録中書証目録、証人等目録記載のとおりである。

理由

一  請求原因1の事実及び原告が昭和五四年中に本件譲渡所得を得たことはいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件譲渡所得について法三一条の三第一項の規定が適用されるかどうかについて検討する。

1  法三一条の三第一項は、特定市街化区域農地等を譲渡した場合における長期譲渡所得の税率軽減規定であって、国の土地政策の一環として農地法、都市計画法等の規制目的とも整合性を保ちつつ、特定市街化区域農地等の宅地化を適正に促進する目的を達成するために制定されたものであり、しかも租税の軽減に関する特例法規であることに鑑みれば、その適用、解釈は厳格になされるべきである。同項は、「当該譲渡による譲渡所得に係る……」所得税についての軽減措置を定めたものであるから、その「譲渡所得」とは「当該譲渡」から生じたもの、換言すれば、「当該譲渡」とは、その譲渡所得の発生原因となった譲渡をいうことは文理上明らかである。したがって、「当該届出」とは、「当該譲渡」に対応するもの、すなわち当該譲渡の契約当事者によってされる届出を指称し、当該譲渡の契約当事者と異なる者によって右届出がされた場合には同項の適用を受けえないものと解される。

2  これを本件についてみるに、原告が城西建設との間で昭和五四年七月二八日本件売買契約を締結し、同社から同日手附金一〇〇〇万円、同年九月五日中間金二七五〇万円の各支払を受けたこと、同年一〇月三日本件届出がされ、同月三〇日訴外東京都知事によって受理されたこと及び原告と城西建設との間では本件土地について農地転用の届出をしていないことは当事者間に争いがなく、これらの事実と成立に争いのない甲第四号証ないし第六号証、第八号証、証人本多重期の証言により成立の認められる甲第一、第二号証、原本の存在及び成立に争いがない乙第一号証の一、第一号証の四の二、証人坂下定英の証言により原本の存在及び成立が認められる乙第一号証の四の一、第二号証の一、第四号証、証人長谷川貢一の証言により原本の存在及び成立が認められる乙第二号証の二ないし四、第三号証及び第五号証の各一、第六号証、証人遠藤忠義の証言により原本の存在及び成立が認められる乙第三号証の二ないし四、第七号証の二並びに証人本多重期(ただし、後記採用しない部分を除く。)、同遠藤忠義の各証言及び原告本人尋問の結果を合わせると、次の事実を認めることができる。すなわち、

城西建設は昭和五四年七月二八日原告と本件売買契約を締結し、原告に対し同日手附金一〇〇〇万円、同年九月五日中間金二七五〇万円、同年一一月一五日残金三七五〇万円をそれぞれ支払ったこと、同社は同年九月二九日本件土地のうちA土地を相互商事に対し代金四二八〇万円で転売し、同社から同日手附金五〇〇万円、同年一一月一九日中間金一〇〇〇万円、同年一二月二七日残金二七八〇万円を受領したこと、さらに、相互商事は、同五四年一〇月六日A土地を遠藤に対し代金四九二〇万円で売り渡し、同日手附金五〇〇万円、同年一二月一五日二四二〇万円、同月二七日残金二〇〇〇万円の各支払を受けたこと、同年九月末ころないし一〇月初めころ原告、城西建設及び遠藤が協議のうえ本件土地の農地転用の届出は原告・遠藤間で行うこととし本件届出がされるに至ったが、そのころ、遠藤の関与のないまま売主を原告、買主を遠藤代理人城西建設とし、本件土地を遠藤が七五〇〇万円で買受ける旨の売買契約書(甲第一、第二号証)が作成されたこと、原告と遠藤との間では本件土地に関しなんら代金授受の事実はないこと、相互商事はA土地の売買損益について確定申告していること、城西建設は同五五年五月二五日本件土地の残地B土地を七島建設に転売したこと、A土地につき同五四年一二月一七日、B土地につき同五五年七月三日原告から遠藤へ各所有権移転登記がされ、さらにB土地については同月九日遠藤から七島建設へ所有権移転登記がされていることが認められる。

もっとも、原告は、昭和五四年一一月一五日受領した本件売買契約に係る残金三七五〇万円は、遠藤(又は同人の代理人である城西建設)から支払いを受けた旨主張し、甲第一、第二号証及び本多証人の証言中には右主張に沿う部分がある。しかし、前認定のとおり甲第一、第二号証は本件届出に符合するよう作成されたもので、本件土地の売買の実態にはそわないものであるし、本多証人の右証言は遠藤証人の証言及び前掲乙第一号証の四の一、二に照らし採用することができない。他に前記認定事実を左右する証拠はない。

3  右認定の事実によれば、原告は、昭和五四年七月二八日城西建設との間で本件売買契約を締結し、同社から同年中に代金全額の支払いを受け、本件土地の引渡しを了したものというべきであるから、売買の目的物について支配の移転があり、所得の実現があったとみて妨げない。農地法所定の届出が具備されていないため所有権移転の効力が生じないことは所得実現の妨げとなるものではない。そうすると原告から城西建設への本件土地の譲渡により譲渡所得の課税要件である土地の「譲渡」があったものというべきである。そして、右譲渡契約当事者である原告と城西建設との間で農地転用の届出がされていないことは当事者間に争いがないから、本件譲渡所得について法三一条の三第一項は適用されないものといわなければならない。

4  原告は、原告、城西建設及び遠藤の三者が昭和五四年九月末ころ本件土地について本件届出をする旨合意し、もって右三者間において本件売買契約における買主の地位を城西建設から遠藤へ移転させる旨の合意が成立し、又は原告はそのころ城西建設との間で本件売買契約を合意解除し、新たに遠藤に対し本件土地を売り渡し、かつ、右買主の地位の移転の合意又は原告・遠藤間の右売買に対応して本件届出がされたから、本件譲渡所得について法三一条の三第一項の規定が適用されると主張する。

しかし、仮に原告主張のとおり遠藤が本件土地の買主の地位を取得したとしても、原告と遠藤との間には本件土地の売買に関し代金授受の事実はなく、譲渡所得の課税要件である本件土地の譲渡の事実が存在しないことは明らかである。本件譲渡所得の課税要件である土地の譲渡は、原告から城西建設への本件土地の譲渡とみるべきことは先に説示したとおりである。

また、本多証人の証言中には原告主張の本件売買契約の合意解除及び原告・遠藤間の売買が成立した旨の供述部分がある。

しかし、原告がそれまでに受領していた代金を城西建設に返還した事実はうかがえないのみならず、売買契約解除があったとする昭和五四年九月より後である同年一一月一五日に原告は城西建設から残代金三七五〇万円を受領していること、遠藤が原告から本件土地を直接買受けたとする甲第一、第二号証も遠藤の関与なしに作成されたものであり、遠藤はA土地の代金を相互商事に支払い、原告に対し支払った事実のないことは前認定のとおりであるから、本多証人の右証言はとうてい採用することができない。したがって、原告の右主張はいずれも採用することができない。

三1  本件譲渡所得について法三一条の三第一項が適用されない場合における税額が別表二のとおり二五九八万一〇〇〇円となることは当事者間に争いがない。

2  そうすると、原告は、別表一のとおり本件譲渡所得に対する税額を過少に申告していることとなるから、新たに納付すべき税額一四一五万七〇〇〇円に国税通則法六五条一項、一二〇条三項の規定により算出された過少申告加算税七〇万七八〇〇円を納付すべき義務がある。したがって、本件処分に原告主張の違法は存しない。

四  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 時岡泰 裁判官 菊池徹 裁判官 大鷹一郎)

別表一

〈省略〉

別表二

〈省略〉

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